新畑毘沙門堂(加茂郷88ヶ所霊場第61番札所)
新畑毘沙門堂(加茂郷88ヶ所霊場第61番札所)は、加茂町中原新畑(にいばた)地内にあり、加茂川の東西橋を西に越えて坂を上がった山すその新畑公会堂の横にあります。本尊は毘沙門天です。木造瓦葺き、白壁、道路そばにあります。
(先達は木元林造さん)(2022年11月10日撮影)
新畑毘沙門堂(加茂郷88ヶ所霊場第61番札所)は、加茂町中原新畑(にいばた)地内にあり、加茂川の東西橋を西に越えて坂を上がった山すその新畑公会堂の横にあります。本尊は毘沙門天です。木造瓦葺き、白壁、道路そばにあります。
(先達は木元林造さん)(2022年11月10日撮影)
広域農道を西に走り、真加部付近で右手に見える仙形山(せんぎょうせん)斜面を臨むと、大きな石で組まれた石室が開口しているのが見えます。これは「井上火の釜」(町指定文化財)という古墳の横穴式石室です。
井上火の釜は、井上大塚古墳・まかべ13号墳ともよばれています。横穴式石室というのは、古墳の側面に入口が設けられた石室で、何度でも追葬が可能な仕組みになっており、古墳時代後期の六世紀に多く築造された古墳の埋葬施設です。
井上火の釜の石室は、現存長11.02m、棺を納めた部屋(玄室)の規模は、長さ6.36m、最大幅2.11m、高さ1.75m、入口から玄室までの通路(羨道)(せんどう)は、長さ4.66m、最大幅1.68m、高さ1.3mを測ります。玄室は、奥壁から見て右側が広くなっている右片袖式(みぎかたそでしき)とよばれる横穴石室で、本来は石室に盛り土が覆っていたはずですが、耕作土として持ち去られたり、長い年月の間に風雨に流されたりして、石室の天井石も露呈し、外形は大きく損なわれています。しかし本来は円墳であったと推定されており、町内で最大規模の横穴式石室をもつ古墳です。この石室の規模は、美作最大級の横穴式石室をもつ川戸二号墳(美作市・石室全長12.35m)、万燈山古墳(津山市・同12.1m)、穴塚古墳(真庭市・同12m)に並ぶ規模になります。
日高下薬師堂(加茂郷88ヶ所霊場第60番札所)は、加茂町成安高下にあり、加茂町インフォメーションハウスの川向うの田の中の山すその尾島家墓地の上約30mの所にあります。本尊は薬師如来です。木造瓦葺き、土壁、道路から少し石段を上がります。
(先達は木元林造さん)(2022年11月10日撮影)
稚児山天狗堂(加茂郷88ヶ所霊場第59番札所)は、加茂町成安地内にあり、本尊は薬師如来です。成安の加茂町浄化センターから北に約100m程行った左の山すそにあります。木造瓦葺、モルタル壁。(先達は木元林造さん)(2022年11月10日撮影)
八幡(やわた)薬師堂(加茂郷88ヶ所霊場第46番札所)は、加茂町公郷沖田にあり、本尊は薬師如来です。山本卓治氏宅の横50m。中分の山際にあり、木造瓦葺、焼杉板張り。(先達は木元林造さん)(2022年11月10日撮影)
津山市加茂町公郷中分上にある中分阿弥陀堂(加茂郷88ヶ所霊場第47番札所)です。
本尊は阿弥陀如来で、佐良山の南側の山際にあります。木造トタン葺き、トタン張り。田中家の上50m(先達は木元林造さん)(2022年11月10日撮影)
下津川観音堂(加茂郷88ヶ所霊場第48番札所)
津山市加茂町下津川にあり、本尊は千手観音です。下津川神社の下約100mの参道脇にあり、木造瓦葺き、土壁(木貼り)の立派な建物です。お堂の中にはたくさんの絵があるそうです。よく手入れされた観音堂です。(先達は木元林造さん)(2022年11月10日撮影)
オリンピックも始まったばかりの2024年7月28日の昼時、酷暑の中ではありましたが、グリーンヒルズの噴水広場にやってきました。
毎年子どもたちに大人気の噴水で、無心に水遊びをしている姿を見ると、こちら迄涼しくなる気がします。いつも思うのですが、こんな広々とした場所で、近くには芝生もあり、また、見守る親たちには木陰があり、子ども達が溺れる危険性もないし、幼い子ども達の夏の遊び場にはもってこいの所。こんな噴水があちこちにあると楽しいだろうな~と思いつつグリーンヒルズを後に、帰る背中にいつまでも子等のはしゃぐ声が聞こえていました。「あ~羨ましい!私もあの中に入りたい。」とは孫と来ていた友人の言葉。
涼を求めて友と何十年ぶりかで新見市豊永赤馬にある満奇洞(まきどう)へ行ってきました。津山市から自家用車で凡そ1時間程で行ける所です。
ここは、1929(昭和4)年に歌人与謝野鉄幹・晶子夫婦が「奇に満ちた洞」と詠んだことから、満奇洞(まきどう)と呼ばれるようになったそうです。また、県の天然記念物に指定されている全長約450mの鍾乳洞です。
入るとすぐメガネが真っ白になるくらいの半端ない涼しさの洞内は、カラフルなLEDでライトアップがされています。奥に進むにつれて、天井が低い所があったり、高い所があったりと変化が楽しめる洞窟です。また、洞内にある「恋人の泉」は『恋人の聖地』に選定されています。(2024年7月8日撮影)
日本遺産「桃太郎伝説」の生まれたまち、おかやま ~古代吉備の遺産が誘う鬼退治の物語~
造山古墳:古墳時代中期(5世紀前半頃)に築造された全長約350mの前方後円墳です。現在全国4位の規模で、築造当時は国内最大でした。自由に立ち入ることができ、墳丘(ふんきゅう)を歩いて見学できる古墳としては国内最大です。
周囲には、家来などを埋葬したといわれる倍塚(ばいづか)が6基もあり、その一つである千足古墳(せんぞくこふん)では、熊本県から運ばれた石材が使われ、直弧文(ちょっこもん)と呼ばれる直線と曲線を組み合わせた文様を刻んだ石も発見されています。
この地に大きな勢力を持つ有力者がいたことで、対立する大和朝廷が派遣した吉備津彦命(きびつひこのみこと)が、鬼神(きしん)(温羅とも呼ばれる)を退治する伝説が生まれたと考えられています。(文:現地案内板より転載)(2024年7月3日撮影)